北ア(穂高) 前穂高岳(3090m)、明神岳 (2931m) 2010年10月8日

所要時間 6:15 上高地バスターミナル−−6:17 河童橋−−6:30 岳沢登山道入口−8:02 岳沢小屋 8:08−−9:43 紀美子平−−10:08 前穂高岳 10:46−−10:47 明神岳分岐−−11:16 2840m鞍部 11:20−−11:35 明神岳主峰 11:39−−11:53 2840m鞍部 12:04−−12:42 登山道に出る 12:51−−13:03 紀美子平−−13:59 岳沢小屋 14:15−−15:13 岳沢登山道入口−−15:26 河童橋−−15:31 上高地バスターミナル



概要
 上高地より岳沢経由で前穂、明神岳を日帰り往復。前穂までは一般登山道であり、紀美子平の少し手前は滑りやすいスラブ(鎖あり)がある以外は注意個所はなし。梯子や鎖場もあるが危険は無い。紀美子平より先は大半の登山者はザックをデポして空身で往復していた。前穂山頂は広く風除けの石が積まれたテント場もあった。

 明神岳へは前穂山頂直下から尾根が分岐し、そこには標識が立っている(ただし明神岳の標識ではない)。踏跡は主に稜線西側直下に付いており、森林限界を超えて藪は皆無でどこでも歩けるが、踏跡はそこそこ明瞭なので藪に慣れた人なら雰囲気でルートを判別できる。もしルートが分からなくても西側が巻ける場所なら巻けばいいし、ヤバそうな場所は稜線直上を歩けばいい。要は自分で安全と判断した場所を通過すればいい。手前にテント場がある2950mの顕著なピークは稜線を登っててっぺんに達し、頂上で左(東)に折れる。

 最低鞍部から明神岳への登り始めが本ルート唯一の危険個所で、傾斜のきつい岩壁のような稜線直上を登る。ここは西穂〜ジャンダルム間の各鎖場と同程度の地形で鎖が無い場所と考えればいい(天狗のコル西側の鎖場よりは簡単)。よって西穂〜ジャンダルム間の各鎖場で、ほとんど鎖に頼らず上り下りできる人なら前穂→明神岳方向の登りはもちろん、明神岳→前穂方向の下りでもロープは不要。少しレベルが落ちる場合は下りでロープが必要。なお、現場にはフィックスロープが残置されているが、稜線より西に離れた場所で浮石が多く正しいルートではない。傾斜はきつくても稜線直上の方が岩がしっかりしていてスタンス、ホールドとも豊富である。3点支持を守れば問題なし。

 上記個所を通過すれば安全地帯で、小ピークを越えると明瞭な踏跡に出る。明神岳主峰を巻く踏跡があるが無視して直進、踏跡は山頂直下に見える巨岩の右側を巻いてそのまま稜線西側を巻き気味に山頂に出る。晴れていれば絶景だろうが残念ながらガスって何も見えなかった。



 明神岳は長年の課題の山だった。穂高の一部で上高地から見ると一番手前にそそり立つ岩峰で、そのド迫力は河童橋からでも十分に堪能でき写真写りも申し分ない。まあ、河童橋から見える顕著なピークは最高峰ではなくX峰であるが・・・・。これを見れば容易に登れる山ではないと直感するに十分だろう。本峰の標高は2900mを越えて堂々のアルプス級だが登山道は無く、主稜や東稜から登ってくるクライマーだけの世界だ。道が無い世界でも藪の世界とは全く異なる。藪の場合は主に読図能力と踏跡を見分ける能力、そして藪と格闘する体力と精神力が要求されるが、岩登りの場合は藪で必要とされるマクロな読図というより、安全に岩を登れる的確なミクロなルート判断力が要求される(長大な岩壁の場合はマクロな読みも必要だが)。

 また、危険な地形が多くて転落の可能性が高く、もし落ちても途中で停止できるように命綱(ザイル)やハーネス、各種金具が必須だ。岩のことを知らない人は、岩登りとはロープを使って登るものだと考えるが実際は全く異なる。岩屋さんがザイルや各種道具を使うのはあくまで落ちた時の安全対策で、基本的にはよじ登るのに道具は使わず、自然地形と自分の肉体だけを使うのだ(あまりに難しいルートでは人工物も利用するようだが)。一般登山者は鎖場では鎖を使って登るが、岩屋さんはそういった人工物は使わないで登るわけだ。あくまで人工物は落ちた時の安全確保のために使用する。そのために岩登りで必要なテクニックを手近な岩場でのトレーニングで身につけてから本格的なルートに挑む。

 明神岳はそんな岩屋さんだけの世界で、ネットで検索をかけても岩屋さん以外の記事は発見できない。以前、山渓で岩登りの特集記事があったときに明神岳の記事も見たが、やはりどこから登るにもザイルが必要(もちろん登攀用具を使いこなす技術も必要)だと書かれていた。私は岩の経験は登山道レベルに留まり、登攀用具を必要とするルートは歩いた経験は皆無だから、明神岳に登るのは不可能だと考えていた。

 私が知る限り、藪屋で明神岳を登ったのはKUMO氏だけであり、10年以上前に話を聞いた時にはKUMO氏は前穂から往復したそうだ。KUMO氏の話ではこのルートは岩屋さんが明神岳に登った帰りに使うルートで、明神岳に登るために一番簡単なコースだと言う(岩屋さんにとっては下り専用コース)。岩屋さんは登りでクライミングを楽しみ、下りはザイルを使って登りのコースを懸垂で降りるか、別の安全なコースで下るかだそうで、普通は下りで技術の限りを尽くして難しいルートを行くことはしないそうだ。そう、岩屋さんの下り専用ルートは登りよりずっと簡単なのが普通なのだ。そして前穂〜明神間をKUMO氏はノーザイルで往復したとのこと。ただし、浮石が多く、一抱えもある岩がグラグラするのだそうだ。KUMO氏は基本的にクライミングはやらないし道具も持っていないが、昔は秩父の沢登りに熱中していたそうで、基本的な岩登りのテクニックを習得しており、普通の藪屋と同一視できない。KUMO氏が登れたからと言って私が登れる可能性は高くはない。

 そんなわけで長年後回しにしており、いつかクライミングのトレーニングをしたら・・・と考えていた。そんな中、今年の夏にDJF氏が前穂から明神岳主峰に登り、主脈を縦走して上高地に下った日帰り記事を公開した。もちろん氏はクライミングギヤを背負って縦走しているが、このコースではそれらを使うことなく縦走を成功させていた。彼の記録を見るとこのコースの核心は主峰→U峰の登りで、他はおまけ程度のようだ。前穂〜明神岳主峰間では2か所ほど気になる場所があり、3000m付近の岩峰のトラバースと最低鞍部先の登りだ。DJF氏で「ドキドキ」する場所であり、彼がザイルを出すことなく通過はしているが、私で通過できるかは分からない。でも明神岳はいつかは挑戦する場所であり、前穂が未踏であることもあって前穂と合わせてダメ元で行くだけ行ってみることにした。

朝から賑わう上高地バスターミナル 河童橋方面に向かう

 私がいつも使う沢渡の駐車場は松本電鉄の駐車場だ。ここは沢渡上バス停(有人)が目の前で行きでチケットを買えて面倒が無いし、そこそこの広さがあるが滅茶混みはなく夜もゆっくり寝られるしトイレもあってお勧めの場所だ。平日なので車の入りは半分程度、始発バスは5時40分過ぎなので5時前に起床して朝飯を食ってまだ薄暗いバス停へ。平日なのでバスの乗客は3割程度だった。上高地に入る頃には充分明るくなり、登山届を出して出発、明神は登れるかどうか正直分からないので登山届は前穂往復としておいた。

河童橋。いつ来ても人が多い 河童橋付近から見た岳沢
河童橋付近から見た西穂〜奥穂(クリックで拡大)

 上高地は何度か来ているが岳沢は初めてだ。河童橋を渡って右に行くのか左に行くのか分からず、標識も無くてエアリアマップを開いてコースを確認、川上に向かって歩いていく。川岸では穂高と明神岳が逆光気味だが良く見えていた。まだここからは明神岳主峰や前穂は見えていないが、西穂のゴツゴツした尾根はよく見えていた。早朝なので遊歩道を歩く人は少ないが、日中になると増えるだろうな。

梓川沿いの遊歩道を上流に向かう 岳沢登山口
案内標識 登山者数カウンター

 木道を渡って林道を横断すると岳沢を登る登山道入口に到着、ここには案内看板があり岳沢小屋まで2時間、前穂まで6時間との数字があったが、私の場合はそこまでかからないだろう。前穂山頂までバスターミナルからの標高差は約1600mなので4時間程度を想定している。入ってすぐのところに登山者数を数えるカウンターが設置されていた。

シラビソ樹林の良好な登山道が続く 大倒木帯
大倒木帯は西側に迂回路あり 風穴。残念ながら外気温が低く冷気は感じられなかった

 この先はしばし深いシラビソ樹林を登っていく。下は一面の笹で冬季の雪の多さがうかがえる。当然ながら道は良好で迷う心配は皆無だ。途中、右手の斜面が崩壊して多量のシラビソが倒れて道を塞いでいる場所があったが、倒木の山の左手に真新しい迂回路が作られていた。さらに進むと「岳沢名所 天然クーラー 風穴」との標識が登山道右手に登場、これは今年6月に北海道の東ヌプカウシヌプリで体験したように、穴の隙間に雪が残って夏場でもひんやりする場所なのだと思うが、今の外気温は3,4℃だからだろうか、穴の前の手をかざしても冷えた空気を感じることはできなかった。なお、帰りに手をかざすと微かに冷気を感じられた。このときの気温は約12℃だった。

岳沢下部から見た西穂稜線(クリックで拡大)


 やがて登山道は岳沢左岸沿いを登るようになり、時折樹林が切れて西穂稜線を見渡せるようになる。そのゴツゴツした姿を見上げると先週歩いたことが感慨深い。この好天だから平日にかかわらず今日も西穂山荘は賑わうだろうな。谷沿いのダケカンバの紅葉はいい感じだった。先週稜線で見た広葉樹は紅葉せずに枯れている木が多くて今年の紅葉はダメかと思ったが、それは稜線上だけだったようだ。

岳沢左岸を登る 背後には乗鞍岳

 今朝岳沢小屋を出発したのだろうか、下ってくる登山者もポツポツ見られた。私の少し後方には大きなザックを背負った男性がずっと付かず離れずで付いてきているが、私は日帰り装備の軽装なから荷物の重さの差はかなりのはず。かなり頑張っていると言えよう。途中で小休止したようで小屋に到着する前に差がついたが、それでも森林限界を超えてからも後方に姿が見えていたのでかなりの健脚と見た。振り返ったついでに背後に見えたのは乗鞍岳で、大正池付近は薄い霧に覆われていた。

対岸に岳沢小屋が見える 真新しい岳沢小屋

 水が無く一面の石ころに覆われた岳沢を横断し、対岸を登って岳沢「小屋」に到着。ここは雪崩で崩壊する以前は岳沢「ヒュッテ」だったが再建とともに微妙に名前を変えたようだ。初めて来る小屋なので以前とどう変わったのかは分からないが、まだピカピカの新しい小屋だった。ここが最後の水場なので少しだけ水を補給しておく。もういい時刻だがこれから出発する登山者の姿も多かった。それとも上高地で宿泊した登山者かな。小屋の前の岩のテーブルには行き先表示がなされ、左手の道には天狗のコルの文字も。エアリアマップでは赤破線だがちゃんとした登山道があるようだ。機会があればあれば天狗のコルから奥穂間も歩いてみたい。

正面に見える尾根を登る 岳沢上流の万年雪
小屋の前のテント場(帰りに撮影) 岳沢左岸のテント場

 岳沢小屋を過ぎると再び枯れた岳沢を渡る。沢の上流には万年雪が見えており、小屋の水源はこれだそうだ。この時期でこれだけ雪渓が残っていると確かに万年雪だろうな。沢の左岸を登っていくとテント場が登場、石でガラガラの河原のような場所で下が砂地のテント適地は少なく、小石を平に敷き詰めた場所が多かった。大型テントは小屋の近くのテント場に張るのがいいようだ。

岩の隙間を通り抜ける 急な尾根をジグザグ
ダケカンバがいい感じに色づいている 長い梯子。朝は冷たかった!
秋らしさを感じる風景 短い梯子

 テント場を通過すると沢を離れて傾斜が徐々にきつくなってきて、対岸の西穂の稜線が徐々に低くなっていくと同時に岳沢小屋が眼下に見えるようになる。少し高度が上がるとジグザグに斜面を登るようになり登山道らしくなってくる。深い樹林が終わってダケカンバの明るい樹林となり、森林限界が近いことを感じさせる。1か所、登山道の真ん中に大きな岩が現れ、真ん中の隙間をよじ登ったり梯子も現れたりして穂高の一角にいることを感じさせる登山道となってきた。ダケカンバも草も紅葉していい感じだった。

簡単な鎖場。鎖のお世話にならなかった まもなく森林限界
森林限界から見た明神岳。逆光でNG この鎖場も鎖の出番がない
天気最高! 前穂〜明神間稜線上の人
西穂独標〜奥穂(クリックで拡大)
西穂〜天狗ノ頭(クリックで拡大)

 標高が2600mを越えると森林限界を突破、視界が一気に開ける。西穂のギザギザは既に目の高さに近く、岳沢は遥かに眼下だ。右手には逆光で詳細が見ない明神岳。問題の奥明神沢のコルもその南の壁も見えているが実際の厳しさの程度はここから窺い知ることはできない。目を凝らすとコル北側のピーク上に人影らしき縦棒が見えており、少し時間をかけて見ているとゆっくりと動き出した。おお、明神に入る人が他にもいるんだ。逆光だし遠くて動きが良く見えないが、前穂から明神岳の方向に向かっているように見えた。

岳沢がグングン低くなっていく 背後は焼岳、乗鞍
青空目指して登る 明神が目の高さになってきた
まだ前穂は見えていないか? 紀美子平直下のスラブ帯
今回の最大難関の奥明神沢のコルから明神岳へ登る岩稜尾根。出だしが一番傾斜がきつそう

 カモシカの立場、雷鳥広場とペイントで書かれた地点を通過、この頃になると登って行く人より下ってくる人が多くなってくる。紀美子平の下に来るとスラブ状の表面が滑らかな岩となり長い鎖がかかる場所に出た。先週の天狗の逆層スラブより傾斜は緩いのに滑りやすく、下りの人が通過するまで下部で待った。スラブには足がかりとなるよう浅い穴が掘られていた。

紀美子平 紀美子平から見た奥穂高岳

 スラブ帯を登り切るとすぐに紀美子平に到着。ここが奥穂と前穂の分岐点で斜面途中にあるが僅かに平坦地があって休憩場所になっていた。そしていくつものザックが転がっており、全て前穂に往復している登山者のものだろう。私も明神岳を目指さなければここで空身で登るのだが、今回はそうはいかない。一人だけ荷物を持って上を目指して歩き出す。

前穂方向に少し登ったところから見た紀美子平 最初は尾根の北側を進む
尾根を越えて南側を登る まだ登る

 前穂までは細い稜線ではなく広い斜面帯を登っていくので目印が無いとルートが分かりにくい。まあ、逆にいえばルート外でも問題なく歩けるということであるが。藪は無いし厳しい岩場もない。おおよそ登り始めは広い尾根の北側を、途中で尾根を乗り越えて山頂まで南側を登っていく。この時刻になると登っている人より下ってくる人が圧倒的に多い。

明神岳分岐。標識があるが前穂を指している この上が前穂山頂
明神岳分岐から見た明神岳。えらく明瞭な道が見える

 山頂直下で登山道が左に曲がるところで標識があり、ここを右に行けば明神岳の尾根に乗ることができる。標識といっても明神岳を示すものではなく左に曲がって前穂を示すものだ。既に東側からガスが上がり始めているが今はまだ稜線上の視界は問題なく、とりあえず挑戦できそうだ。肝心の奥明神沢のコルからの登りは標高が低すぎてここからは見えない。

前穂高岳山頂 前穂高岳から見た前穂北尾根
前穂高岳から見た大天井岳付近 前穂高岳から見た穂高岳山荘
前穂高岳から見た槍ヶ岳〜蝶ヶ岳(クリックで拡大)
前穂高岳から見た西穂〜槍ヶ岳(クリックで拡大)
前穂高岳から見た奥穂〜北ア奥地(クリックで拡大)
前穂高岳から見た西穂稜線(クリックで拡大)

 標識から僅かに登ると広い前穂高岳山頂に到着。夏場は利用する人はいないだろうが山頂には風除けの石が積まれたテント場があった。岩に覆われた広く平坦な山頂で平坦地の縁に行かないと足元の展望が得られない。南端に行けば目の高さより低い位置に明神岳が聳えており、その山頂直下稜線には明瞭な道が見える。さて、今回はそこまで到達できるだろうか。北端に行けば穂高や槍、大天井岳から蝶ヶ岳にかけての稜線が見えた。西に目を向ければジャンダルムから西穂のギザギザ稜線。東方面は雲が湧いて北関東の山々は見ることができなかった。

前穂北尾根を登ってきたクライマー。最後の下り クライマーが前穂に到着。ご苦労様でした

 さすがに疲労を感じたので危険地帯に突入する前にしばらく休憩。東側で風を避けて休んでいると前穂北尾根を登ってくるクライマーの姿を発見。最後のピークから鞍部へ懸垂の準備中で、ザイルを垂らして順次下っていった。やがて前穂に登ってきた姿は私より少し年上の男性2人であった。前穂北尾根の難易度は知らないが少なくともあの最後の下りはフリーでは下れそうにないな。彼らが下っていく頃には前穂山頂は無人となり、人目を気にせず明神岳への踏跡に入った。さあ、今回に明神山頂を踏むことができるだろうか。正直なところ、ほとんど期待はしていなかった。登頂の期待よりも危険個所通過の緊張感の方がよほど強かった。

いよいよ明神岳向けて出発 最初は踏跡に従って西側を巻く
ここも稜線上でなく西側を歩く ここも西側を歩く。たま〜にケルンや目印あり

 踏跡は予想以上に明瞭な場所もあれば不明瞭な場所もあり、道の無い藪に慣れた人でないと正確に辿るのは難しそうだった。出だしは稜線上は歩かずに稜線西側直下を巻くように下っていった。まあ、この辺の西斜面は岩場はなく藪もない傾斜が緩い斜面なので適当に下っていけばいいだろう。最初の小さなピークは西側を巻いてしまい登る必要はなく、その後も延々と西側の巻き道を下っていく。その途中、少々お疲れ気味の単独男性が上がってきた。当然、明神主峰を越えて前穂に向かう途中だろう。少し話をすると明神東稜を登ってきたという。一番苦労したのがハイマツ漕ぎだったそうでご苦労様。私は長七ノ頭までしか行ったことがないが、そのとき養魚場跡で一緒になった超軽装の男性が東稜を登っていったのを思い出した。彼の話では1か所だけ厳しい所があると言っていたが、この男性も1か所だけフェイスがあったと話していた。また、私が一番心配している奥明神沢のコルからの登りは、明神方向の登りはいいが前穂方向への下りは厳しいという。岩屋さんが厳しいというのだから本当にヤバいのだろう。まあ、今回はダメ元での挑戦だから現場を見てダメだと思ったら素直に撤退し、岩トレをしてから再挑戦すればいいだろう。

2950m岩峰が現れた 2950m岩峰手前のテント場
2950m岩峰。これは稜線を素直に登る 2950m岩峰てっぺんから東に下る

 男性と別れてなおも踏跡を辿って西斜面を下っていくと、DJFの記録にも出てきた鞍部にテント場がある顕著な岩峰ピークが登場、前穂で校正した高度計を見ると約2950mを指していた。DJF情報通りにここは岩の稜線をよじ登る。そこそこの傾斜があるがデコボコがたくさんあるので登りやすい。てっぺんに出ると稜線は東(左)に直角に曲がっており、そのまま稜線上が歩きやすそうなので素直に下っていく。途中に捨て縄があったが雪がある時期はロープを使う必要があるのかもしれないが、無雪期は適当に下れる。

2950m岩峰を下り傾斜が緩んだら稜線西側に踏跡が現れる この辺は踏跡が薄いが歩きやすいところを適当でもOK
捨て縄がかかった岩が現れたら稜線に上がらず左に曲がる 捨て縄がかかった岩を左に曲がったところ。ここをトラバース

 下り終わって傾斜が緩むと再び踏跡は稜線西側に移る。ここは岩稜帯なので踏跡が残りにくいが、岩の色で何となくルートが分かる。まあ、ここは踏跡を辿らなくても安全地帯を適当に下っていけばいいと思うが。やがて小ピークの右を巻いて南斜面を巻き気味に下るところに出るが、ここがDJF氏が「ドキドキ」したトラバースらしい。右手の岩には写真の通りに捨て縄が巻いてあった。しかし現場を見た限りでは特に危険個所ではなく、大きめの岩が多いが普通にトラバースできた。

稜線西側直下を進む 鞍部が近い
最低鞍部(奥明神沢のコル)と明神岳側の岩稜。今回のクライマックス

 なおも稜線よりやや西をトラバースしつつ高度を下げ、やがて問題の奥明神沢のコルに到着。ここにも小さなテント場があった。そして目の前には急傾斜の岩の稜線が。これが地形図の崖マークか。DJFの記録どおり稜線より右側にフィックスロープが下がっているが、ここは浮石が多くてミスルートとのことで最初から選択肢に入れなかった。ぱっと見た目では稜線直上が最もまともそうで第1印象は「どうにかなりそう」。確かに傾斜はきついのだが1枚岩ではなくゴツゴツした岩の重なりで、ホールド、スタンスともたくさん見られるし、岩の大きさもさほど大きくなくて、ちゃんとルートを選べばホールド、スタンスの距離が離れることもなさそうだ。このレベルであれば先週の西穂稜線で上り下りした鎖場と同等であろう。いや、少なくとも天狗のコルの天狗側直上の鎖場よりは簡単だ。あのオーバーハング気味の鎖場でもほとんど鎖に頼ることなく登れたのだから、それより傾斜が緩いここを登れないわけはない。これだったら下りもロープ無しで問題なかろう。念のため、ここでアタックザックに最低限の荷物とロープ2本を入れてメインザックはデポする。まさか途中で雨は無いよな。

少し登ったところから上を見る。えらい傾斜だが手がかり足がかりは多い 登りやすいルートを自分で探しながら登る
第1の支点 第1支点より上にある第2の支点。もう安全地帯
第2支点の上部。踏跡が再び現れる 前穂方面を振り返る

 実際に岩に取り付いてみると稜線直上は浮石も無く岩はしっかりして快適に登攀できた。私のような一般ルートでしか岩を経験したことがない人間でも迷うような場所はなく、登りやすい所を適当に登っていけばよかった。途中に岩屋さんが使った捨て縄があったが、少なくとも無雪期には出番が無いように思えた。少し傾斜が緩むとこれまた登りやすい所に踏跡が再び現れルートが正しいことが分かる。そこまで登ればもう安全地帯であった。結局は、この難所も西穂〜ジャンダルム間の各鎖場と同程度の難易度で、あの各鎖場でほとんど鎖に頼らず上り下りできる人ならここも問題なく突破できるだろう。

2890m峰は僅かに西側を巻く 踏跡はそのまま西側を巻く
前穂方面を振り返る 踏跡が稜線に乗る

 東側が垂直の崖になった細長い2890m峰を僅かに稜線西側を巻いて越えると前穂からも見えていた明瞭な踏跡に出る。本当の登山道のような明瞭な道で、今まで歩いてきた踏跡とは明らかに濃さが違う。なぜここだけこんなに濃いのかはよくわからないが、それまでのトラバースと違って稜線直上だからルートが1本で、いろいろなルートから明神に登って帰り道はほとんど前穂方面に下るのなら踏まれる頻度も高くてこうなるかもしれない。

明神主峰への登り 登山道と呼べそうな立派な道
山頂直下は大岩で踏跡はこれの右に巻く テント場
JJ1TXJではなくJJ1YXJだった DJF氏が悩んだ表記。U峰はトラバースできない

 稜線直上の踏跡の他に明神岳主峰を巻く踏跡があるが無視して直進する。踏跡は山頂に近づくにつれて不明瞭になるが、藪に目が慣れている私にとっては見失うレベルではない。不明瞭になり始めてからは踏跡は稜線を外れて西側を巻き始めた。稜線真正面には巨岩が立ちはだかっているのでそれを迂回するためだろう。踏跡を辿るとDJF氏の写真でも出てくる「JJ1YXJ」「U峰トラバース」の文字が書かれた赤テープが巻かれた石が置いてあった。DJFの体験によれば「U峰トラバース」はU峰をトラバースするのではなく、ここを直進すると主峰をトラバースしてU峰とのコルに至るということのようだ。

山頂直下も西を巻きながら登っていく 明神岳主峰山頂。ガスって視界無し

 踏跡はそのまま西側をトラバースしつつ高度を上げる。こちらは巨岩ではなく適度な大きな大きさの岩が積み重なった地形で、安全に歩くことができた。そして難なく明神岳主峰山頂に到着した。

山頂のテント場 明神岳主峰から見たU峰。ガスで詳細見えず

 山頂には標識があるかと思ったが見当たらず、文字が書かれていない黄色いテープが岩に巻かれているだけだった。私がテープを残しても良かったが、岩屋さんの世界に藪屋がお土産を置いていくのも筋違いだろうと止めておいた。DJF氏も何も残していなかったし。山頂は真ん中が僅かに凹んでいてテント場があり、雪がある時期はここで幕営もされるようだ。晴れていれば絶景だろうが残念ながらガスって何も見えなかった。目前のU峰さえ霞んでしまっている。DJFはこれを登ったが今の私には無理だろうし、もうここに来ることは無いだろう、たぶん・・・・。霧の向こうから人の声が聞こえたが、たぶん重太郎新道を登る(いや、時刻的に下りか)登山者のものだろう。

主峰を過ぎて2890m峰に向かう 2890m峰を通過してコルに下る
ここから急傾斜区間。眼下にデポしたザック(青)が見える 踏跡に従って東にずれる
あとは下りやすいところを各自自由に まだ核心部下降中。ロープは使わずフリーで問題なかった
コルから登りにかかる 巨岩地帯も踏跡や目印を探しつつ西側をトラバース
岩を越えて進む この辺が捨て縄がかかった岩付近のトラバース
踏跡 ルートをミスって2950m岩峰は南を巻いた
2950m岩峰を巻いている最中 2950m岩峰北側鞍部に下る

 少し休憩して下山開始。登りでルート、危険度を把握できたのでもう緊張感はない。帰りは楽しもう。でも前穂の登り返しは体力的にきついなぁ。展望があれば少しは気がまぎれるのだが周囲は真っ白のままだ。もう10月だというのに夏山の様相だなぁ。奥明神沢のコルへの下りはやっぱり特に問題は無く、準備してきたロープを出すこともなくコルに到着。再び小休止してから前穂への登り返し。帰りは気が緩んだのか踏跡を外し気味で、2950m峰は主稜線を登るところを南から巻いたが、こちらは巨岩が重なってホールド、スタンスの位置が離れすぎてかなり無理な体勢でよじ登る個所が1か所だけ出てしまった。その先はずっと西を巻いて登っていけばよく、今度は道を外すことはなかった。

縦走路に出る直前で出会った雄のライチョウ こちらはメスのライチョウ
もうすぐ縦走路 縦走路に出た

 もう少しで登山道というところで雷鳥に遭遇。3羽いたが1羽はかなり白くなった雄で、春先のように飛びながら鳴いて縄張りを主張しているようだった。2羽のどちらかがメスでもう1羽は子供だろうが(それとも両方子供?)、大きさは親と同じで判別不能だった。その2羽もおなかの羽は白くなっていた。

休憩を終えて下り始める 紀美子平
紀美子平直下のスラブ 岳沢に下る登山者が点々と見える

 登山道に出てしばし横になり休憩。もう前穂山頂は無人だったし登ってくる人もいなかった。既に午後1時近く、今朝小屋を出発した場合は通常なら次の小屋に近づいている頃だろうから当然だ。休憩を終えて紀美子平に下るとまだ登山者の姿があったが、やっぱ岳沢に下るのだろうな。もう登ってくる人はいないだろうと思ったらまだいて、これから穂高岳山荘に向かうと到着は夕方になるのではないだろうか。ちと遅すぎはしないかと心配になる。私の方は最終バスに間に合えばいいのだが、調べたのは沢渡駐車場のシャトルバスの便で、最終は17時頃だった。それ以降にも新島島や松本行きのバスがあるはずだが、今の時刻ならシャトルバスの最終には余裕で間に合うだろう。

西穂稜線は雲の中。明神も雲の中だった 岳沢へと下っていく
岳沢小屋。小屋近くのテント場は埋まっていた 帰りの岳沢小屋

 下っていくと先には同じく下りの登山者の姿があるが、見える範囲はほとんど追い越して岳沢小屋に到着、ここでしばらく休憩した。小屋付近のテント場はすでに満杯で対岸のテント場にポツポツとテントが見られた。でも天候はこれから下り坂で明日は確実に雨だろう、そんな中でのテント泊まりはちとイヤだなぁ。

岳沢から見た上高地(河童橋付近) たぶんベニテングダケ

 小屋から下り始めると登ってくる登山者と続々とすれ違う。この天気予報でもこれだけ人が入るのだからさすが北アルプスだ。ちとバテ気味な人も多く、上高地から岳沢小屋でこんな状態では明日以降大丈夫なのかなぁ。林道に出れば登山の世界から観光客の世界にとって代わり、防寒装備の観光客に交じってTシャツ姿で木道を進んでいった。振り返ると明神X峰は雲の下だがそれ以上の標高は雲の中だった。

河童橋付近から見た明神岳 河童橋付近から見た六百山
帰りの河童橋 上高地バスターミナル到着

 平日なので帰りのバスが大混雑ということはないだろうと予想していたがその通りだった。沢渡行きの待ち行列は50人を少し超える程度で、2台目のバスに乗ることができた。待ち時間は20分ほどで充分許容時間だった。以前、まだハイシーズンの観光バス規制がなされていない時代の夏の日曜日にこのバス停に並んだときは、待ち行列の最後尾はターミナルから遥かにはみ出して長さでいえば数100mに達していた。そして上高地を出て沢渡駐車場に到着したのは、バスの待ち行列最後尾に並んでから5時間後! これは観光バスが駐車場に入りきらず路肩に縦列駐車したため、その区間(ターミナルから200mくらいか)のすれ違いが不可能になって片側交互通行になったこと、道に不慣れな観光バス同士がすれ違い困難な場所でかちあってしまい、そこに両者とも後ろから別のバスがやってきて前にも後ろにも動けない状態になったことが原因だ。道路が完全に詰まってしまったためいつになってもバスがやってこなかったわけだ。今はもうハイシーズンは観光バスの乗り入れは規制され、道を熟知し無線を積んだ地元バスだけが運行するようになったため、道路の広い個所でお互いに待ち合わせをするためにバス運行がスムーズに行えるようになり渋滞が解消されたのだ。おそらくもう「5時間地獄」はないだろう。

 駐車場に戻ると行きよりは車が増えていたが満杯ではなかった。まあ、天気予報を考えるとしょうがないであろう。

 

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